どこかを目指して駆け上がるんじゃない。自分の立ってる場所が、いつか山になればいい。若き才能ある異端児、romp/元久翔の美容師ストーリーに迫る!

骨格と髪質に合わせて細部までデザインにこだわる似合わせヘアを提供する実力派サロン『romp』。スタイリストの元久翔さんは、とろけるような質感の『メルティーヘア』が定評で、いま注目の美容師です。そんな元久さんが大切にしている仕事や生き方のポリシーやサロンの強み、今後の展望などをお伺いしました!

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2026.05.28

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目 次

元久翔さんってこんな人

romp/スタイリスト

元久 翔(もとひさ しょう)

香川県出身。ヴェールルージュ美容専門学校卒業後、新卒で恵比寿にある『romp』に入社。2024年2月スタイリストデビュー。骨格に合わせたレイヤーカットでナチュラルな動きを引き出し、髪質を見極めた透明感カラーでワンランク上のヘアスタイルを提供。中でもとろけるような質感の「メルティーヘア」は20代のお客さまから多くの反響をいただいている。現在はサロンワークのみならずセミナーなど、活躍の幅を広げている。

波風の立つ人生で大きな支えとなる、世界で一番リスペクトする父と、世界で一番優しい母。

ー 編集部一同、元久さんとお会いすると人情ある対応に「男気」を感じるのですが、どのようなルーツが関係していますか?

父の影響で3歳から16年ほど極真空手をやっていたんですよ。「お前、強くなりたいか!」と聞かれた記憶がおぼろげにあって、物心ついたころには道場に突っ込まれてました。肉体も精神も極限まで鍛える極真空手を長く続けたことで、一つのことを極める力を養うことができ、絶対的な自信がつきましたね。

また、とにかく『男としてどうあるべきか』を父から叩き込まれた10代でした。「男は硬派であれ。女を泣かすな。母を大事にしろ。筋は通せ。不義理なことするな。嘘はつくな」…まだまだありますが、父から教えてもらった全てが、自分の礎になっています。

ただ、中学から少しグレてしまい…いろんな人に迷惑をかけた時期がありました。

ー 荒れている元久さんを見て、お父さまはどんな対応でしたか?

まったく口出ししてこなかったんですよ。たった一言だけ「母さんを泣かしたら、一生許さん。それ以外は、お前が何をしようがかまわない」と。義務教育は中学までだし、高校は通いたいヤツが行けばいいという考えでした。

ー 破天荒な生活を送られていた中で、美容師を志したきっかけは?

地元でめちゃくちゃ仲の良い友だちが美容師になると言い出して「美容師って何?」と疑問と興味が湧いたんです。僕は月に一度、地元・香川の床屋に通っていたので、美容師という職業すら知らなかったので。

思ったことをすぐ口に出すタイプの僕は「東京に行って、絶対カリスマ美容師になったるわ!」と、いつしか周囲に宣言してました。両親も「お前が決めた道なんだったら、いいんちゃう」と。

波風の立つ生き方をしているのに、どんなときも両親から人一倍愛情を注いでもらっていますね。父は、世界で一番リスペクトしていてカッコいい男性。母は世界で一番優しくて愛してる女性。今の自分がいるのは両親のおかげでしかないです。

ー ご家族との絆がとても深いのですね。その後、美容学校に入学されてからはいかがでしたか?

大阪へ上京して、ヴェールルージュ美容専門学校へ入学したんですが、びっくりするほど何も上手くいかなかったです。コロナ禍なんでバイトも全落ちしたり、学校でも常に一番でいたいし、誰とも被りたくない。カッコいい自分でありたいのに、その思いに反して何ものでもない自分がすごいダサくて。世の中が求める美容師像と自分がカッコいいと考える理想像との距離があまりにも遠すぎて、悩んだこともありました。

そんなころ、人生観を変えてくれた先輩方との出会いがあったんですよ。DO BIE DOのラギさん、元Epicのタクローさん、HAHAHAのタクムさんは、それぞれ古着屋やクリエイティブな活動をされていて、音楽・服、遊び方や生き方などこだわっていて。『カッコいい』生き方の基準を教えてもらい、僕の人生のロールモデルになってますね。3人からそれぞれいい影響を受けて、やっぱり僕は『表現』することが好きなんだと再認識しました。

「やり続けていれば、レジェンドだから」。絶望の縁で支えとなった一言。

ー 新卒でrompに入社されますが、どういった経緯で応募したのですか?

入学して1ヶ月ほどたったころ「日本随一の有名なブランドサロンで、この学校で誰も受かってないサロンは?」と進路担当の先生に聞いたんですよ。「10年前に一人だけ受かったところがある」と教えてもらったサロンは、rompの代表・藤巻が独立前に所属していたお店でした。

いくつか店舗展開をしているので、まず激戦区にある原宿店に行って藤巻を指名したんですよ。「なぜ指名してくれたんですか?」と聞かれて「美容業界をリードするサロンで代表やってるってことは、あんた上手いんでしょ?」って超生意気なことを僕が言ったんです。

すると「キミ…おもしろいね!」と。藤巻の落ち着いた余裕のある対応や代表としての空気感に圧倒されて、このサロンで働きたいと胸が高鳴りました。それから月一回、金曜の夜に学校終わってから夜行バスに乗って東京へ行き、系列店をほとんど周りましたね。

書類選考まで進んでいた夏ごろ、藤巻がインスタで「9月1日に独立します!」と投稿していて、マジか…と。やっぱり憧れの人と働きたい気持ちが強かったし、目的もなく大手に行くより新卒からサロンの立ち上げに関われる人生の方が自分のカッコいいに沿ってると感じたんです。ただ、rompは新卒募集をしてなかったんですよ。とにかく藤巻に長文メールで熱意を伝えました。

ー 熱意を伝えた後に無事rompへ入社されましたが、どのような日々でしたか?

自分が色々やらかしすぎて、毎日怒られていました。遅刻・寝坊はするし、入社二日目なのにバックルームで寝てしまい…注意されたら心の中で「誰に口聞いてんねん」くらいの態度で、とんでもないクソガキでした。

あまりにも生意気だったので「このままだと一緒に働くことは厳しいかもしれない」と伝えられたこともあります。「まずはプレデビューの初月で結果を出してやる気を見せてほしい」と売上目標を言い渡されたんですよ。

当初はSNSも伸びていないし集客できる見込みがなかったので、ひたすら毎日出歩きましたね。母親にお金を借りて、一人でHUBに行って片っ端から声をかけたり。つたない英語で外国人にもアプローチしましたよ。結局どうにか目標を上回り、首の皮一枚つながりましたね。

ただ今だからお話しできますが、実はデビュー前の半年間のことをあんまり覚えてないんですよ。今までの自分とは何かが違う、余裕を失っていた状況でした。

ご飯を食べたいと思わない、好きな音楽や服も欲しくない。遅刻して叱られても、何も感じないんですよ。元々は正義感が強いのでそんな自分が許せなくなるはずなのに、感情が無になっていました。次第に言うこともばらつき始めて、美容師仲間からも「翔、大丈夫?」と。

持ち前の根性と気合いで乗り越えた部分がありますが、やはり本当にしんどいときは、大切な人が支えになってます。当時はラギさんの一言にも支えられましたね。「やり続けていればレジェンドだから。センスは時間が解決してくれる」と。マジでその通りだなと心に刺さったんですよ。

周りがチヤホヤされてる中で自分だけが相手にされてない時期があっても、やり続けたその先になりたい自分になれる気がしました。美容師を辞めようと思った瞬間もあったけど、あれだけデカい口を叩いて東京まで来て、こんなことでつまづいて地元に帰るのは男らしくないと自分を取り戻しましたね。

周りの幸福度が上がることが、僕の幸福度につながる。

ー 紆余曲折ありながらスタイリストデビューをされた元久さん。活躍が目覚ましい印象ですが実際はいかがでしたか?

2024年2月にデビューして、一年目に代表や上司のSatoruから「ベーシックを切れないと美容師としてはダメ。まず土台となる基礎を身につけた上でやりたいことを見つけたらいい」と伝えられました。

その日から、何事も「イエスorはい」の精神で受け止めて、チャレンジを続けて今があります。自分のやりたいことやるためにはまず結果を出さないといけませんし、今はその段階です。

もう一つ生きていく中で大事にしているのは『無駄を楽しむ』こと。服や美容って生きて行く上でマストなものでなはい、ある種の無駄ですよね。けど、僕に好きなテイストがあるように、一人ひとり『好き』がちゃんとあるものなんですよ。その気持ちに向き合って、僕はヘアの技術を通してお客さまに楽しい時間をペイしています。

ー 元久さんの技術を求めてたくさんのお客さまが訪れているようですが、どのような方が多いですか?

オシャレや美容の感度はあるけど、自分らしい垢抜け方がまだ見つからない20代の方がメインでいらっしゃいます。20代は働き初めてお金と時間に余裕があり自己投資ができる時期ですから、その人の魅力が存分に出るスタイルで美容を楽しんでほしいですね。

特に人気のヘアは、骨格に合わせた似合わせレイヤーカットで空気をまとったようなやわらかい質感と、髪質を見極めた透明感カラーの“メルティーヘア”が指名No.1のスタイルです。

接客では、お客さまを物語の『主人公』として仕立て、対話で寄り添うようにしています。髪を通して、人生のストーリーの続きをお客さまと一緒に描いている感覚です。藤巻はよく「現場に答えがある」と言うんですけど、接客・技術など先輩たちのやり方を見て試行錯誤していたら、このようなスタンスになっていましたね。

ただ、こんな風貌なので第一印象では怖がられることもしばしば。物腰柔らかく、相手に興味を示すように接しています。

ぶっちゃけ僕は、今に至るまで美容師に向いていると一度も思ったことはありません。自分を必要としてくれている人が目の前にいるなら期待に応えたい、その使命感でやってるだけ。お客さまから代金をいただいている以上、プロフェッショナルな対応と技術を提供したい一心でやっています。

それに独立のタイミングで新卒を雇うメリットってお店側はないはずなのに「こいつは絶対に化ける!」と信じていただいた恩義がでかすぎるんですよね。今はスタイリストになって月の売上のアベレージは200万ほどですが、恩返しはまだまだこれからです。

そういえばつい先日、僕がアシスタントに指導しているところを藤巻が聞いていたようで「お前がいま後輩たちに言っていること、俺がずっと伝えてきたことだよな」と伝えてくれて。藤巻の前社ではそれを『伝承』と言うそうで、伝承は教育型サロンの文化であり、その積み重ねでサロンがブランドになっていくと知りました。

ー 『伝承』。いい言葉ですね。

この前自分が担当したセミナーでもその意味を深く考えさせられましたね。レイヤースタイルをやることは決めていましたが、どんなニュアンスにしようと考えていたときに、ふとYouTubeチャンネル「BEAUTY ROAD」で藤巻がレイヤー技術を伝えていたのを思い出したんです。

番組内では藤巻の前社の方がゲストにいて、スタイルを探って語る2人の姿が伝承そのものだなと感じました。名だたるプレイヤーの先輩方の元で技術を磨き、20年経った今もキャリアを誇りに藤巻が生み出すレイヤースタイルが一番「カッコいい」と僕はリスペクトしています。誰よりも面倒見てもらってる僕が今度はその技術を伝える番だと思い、セミナーで藤巻流レイヤーカットを切りました。これも一つの伝承になっていたらいいですね。

こんなふうに僕は何かを決めるときにその選択が“カッコいいか”どうかを基準にしています。こだわりがあるので成長には時間がかかるかもしれない。どれくらいで結果が出るか未知数ですが、この基準は一貫していきたいですね。

センスが問われる仕事をしている以上、カッコいいやダサいを決めつけるのはナンセンスかもしれませんが、僕の中でカッコいいかそうじゃないかの線引きはしたい。世間の基準で決める地位や名誉よりも、自分の意見が通る人になりたいです。

また、親や大阪の先輩、サロンスタッフ、こいつだけは敵わないと尊敬している同志のnex/村上俊やDaB/磨島龍など、信頼できる人たちにカッコつかない生き方はしたくありません。磨島は一生敵わないスタイルとセンスがある、俊は圧倒的な技術力で美容師としての誇りが強い姿にリスペクトしています。

僕はそんな周囲の人たちがスポットライトをあたる居場所をいつか作りたいですね。大切な人のためなら泥水をすする覚悟はあります。周りの人たちの人生の幸福度が上がる瞬間に携わることが、僕の人生の幸福度につながりますから。

ー 周囲の方を大切にされている元久さんの姿に感銘を受けます。元久さんの今後の展望は?

10代のころは、どこかのお山の大将になりたかったときもありました。でも、気づいたんです。どこかを目指して駆け上がる必要はない。僕が立ってるところが、いつしか山になったらいいんだと。

僕が入れているタトゥー『Maverick』は、異端児/一匹狼という意味。群れないし、媚びない。俺は俺。お前はお前。業界がどんな流れになろうが、正直あまり興味がありません。目の前の支えてくれる人たちに感謝して、信頼できる仲間や支えてくれる人がいて、その人たちを幸せにできれば、きっとそこが唯一無二の山になると信じてます。

PROFILE
プロフィール
元久 翔
romp/スタイリスト
もとひさ しょう

元久 翔

香川県出身。ヴェールルージュ美容専門学校卒業後、新卒で恵比寿にある『romp』に入社。2024年2月スタイリストデビュー。骨格に合わせたレイヤーカットでナチュラルな動きを引き出し、髪質を見極めた透明感カラーでワンランク上のヘアスタイルを提供。中でもとろけるような質感の「メルティーヘア」は20代のお客さまから多くの反響をいただいている。現在はサロンワークのみならずセミナーなど、活躍の幅を広げている。

EDIT
編集
桑名 真理子

Director桑名 真理子(くわな まりこ)

メイク技術者の目線を武器に、美容WEBマガジンの創刊、12年間で延べ1000件を担当。人の魅力にフォーカスする企画が得意。美容ライフが豊かになる、ワクワクする景色をつくります。

菊池 麻美

Photographer菊池 麻美(きくち あさみ)

多摩美術大学グラフィックデザイン科卒、2003年・2004年 CANON写真新世紀佳作。レゲエと海外旅行をこよなく愛するフリーランスフォトグラファー・シネマトグラファー。